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Steel Tormenter
Chapter:1
第0話 AE101の女性
高まりを伝える咆吼。
回転数が上がる事が音に直結する感覚――綺麗に奏でられる空気を震わせる低音。
心までも奮わせるような、中心にある何かを刺激するような快音。
夜の山道を流れるそれがまるですねたように、時間切れを伝えるように音を沈ませていく。
回転数が落ちきった特有の低音を響かせながら、やがてそれは光で闇を切り裂き姿を現せる。
ここは箱根、仙石原。平日のこの時間帯はほとんどといって良いほど車は見かけない。
独特の低音を奏でた車は夜の闇の中でたたずんでいる。
やがてヘッドライトが消灯して、扉が開く。
濃い暗い色の車に映えるような白い服の女性。
車の運転がしやすいようにだろう、ジーンズにスニーカーというラフな恰好だ。
「ん、んーっ」
ぴょこんと跳ねて、大きく伸びをする。
こうしてみればまだかなり若い。
Tシャツにジーンズというラフな恰好に、ジャケットを羽織っただけという活動的な彼女。
長い髪が大きく揺れて、ふわりと波打つ。
彼女は自分が降りた車に目を向ける。
静かに存在感を主張する低音を響かせながら、それは静かに主人の鞭を待っている。
トヨタの作った優秀なコンパクトスポーツ。
名前を、カローラレビン。形式をE-AE101。略称をトイチという。
長い時間熟成に熟成させた4AGEはこの世代で5バルブ化され、大きく改良を加えられる事になった。
スポーツエンジンに相応しいDOHCに最新技術を詰め込んだ1600クラスのエンジン。
それが心臓部に収まった、バブル当時の豪華な車、それがAE101だ。
スポーツカーの癖に内装は革張りで作り込まれていたものが装備されていたと言われている。
尤も、彼女の乗っているものは平成5年以降に作られたもので、一部経費削減のために素材が粗悪な(あくまで比較対照があるが)ものへ変更された。
バブルが弾けて、このスポーツカーは様々な形で注目され、また消え去る運命を辿ろうとした。
AE111と呼ばれる後継機には最終的に六速ミッションがおごられたが、バブル以降ということもあり販売は見込めなかった。
GOA(Global Outstanding Assessment)を搭載したと言われる、軽量化を徹底したAE111は確かに性能としては高い物だったかも知れない。
未だに人気を持つ機種ではあるが……。
まだ早朝と言って良いぐらい早いこの時間帯、この箱根の道は非常に人も少なくがらがらだった。
季節は晩夏。まだ生き生きとした木々の間を翔る風の香りは、既に秋の薫りを乗せている。
尤も日差しの弱いこの時刻であれば、丁度良いぐらいだ。
だからこの時刻にわざわざ起き出してドライブをする。
彼女の癖のような物だった。
もう言っているうちに山々が目を覚ます。そんな、眠った世界の中で一人。
閑かな、まだヒトの世界ではないそこには一つの色だけが支配する。
闇。そして――空を染めていく、白と、ゆるやかな蒼。
それが青く姿を変える前に、彼女はコクピットに滑りこんだ。
とん、と座る彼女の隣で小さなキーホルダー揺れてゆらゆらと抗議する。
彼女はそれを見て、左手の指先でちょんと弾くと――既に目は前を向いている。
白み始めた空の色、そして――目の前の、誰も居ない道路に向けて。
「今日も一日、がんばりましょう!」
彼女はアクセルを踏み抜いた。