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Steel Tormenter
Chapter:1

第11話 登りのバトル


 長尾峠を御殿場側に下っていくと、深沢という名前の交差点にでる。
 乙女峠に通じる国道138号線との交点だ。
 簡単に言えば、ここ深沢から乙女峠を経由して、もしくはこの長尾峠を経由することで箱根へと通じていることになる。
 勿論乙女峠の方が全長も短く道幅も広く、走りやすいのは言うまでもない。
 長尾峠が未だに普通に使われる理由はただ一つ。その先にあるゴルフ場等観光施設と、箱根スカイラインに他ならなかった。
 そのため御殿場側はまだ荒れているといえしっかりした舗装であり、仙石原側はかなり痛んだ舗装となっている。
 深沢の信号を見下ろして、二人の車は元バス停前でUターンして、路肩に駐車する。
「いつもどおりいくから」
 アイドリングのまま一旦車から降りたあやかは、あとから後ろに付いた良二の側まで行くと言う。
「ハザード消して、ウインカー上げてから五回」
「そう。五回目消えたらスタート。手ぇぬくなよ」
 びしり、と人差し指を突きつけるように言うと、自分の車に駆け戻る。
 ハザードスイッチを押し込み、一度深呼吸してからウィンカーを上げる。
 かちり。かちり。かちり。
 妙にスイッチングの音が大きく聞こえる様な気がする。
 かちり。
 気ははやるばかりだが、彼女は一度アクセルを床まで踏み込む。
 がぁん、と高高回転エンジンはがなるように吠え、細身にも関わらず肉食獣のように叫ぶ。
 かちり。
 点灯。
 消える瞬間。
 アクセルを踏み抜き、クラッチを繋ぐ。
 一気に立ち上がるエンジンのパワーを、がん、と勢いよく叩きつけたクラッチが受け止めプロペラシャフトに伝える。
 アクスルから伸びるドライブシャフトはハブを介してタイヤまでそのトルクを伝え、膨大なトルクがタイヤを軋ませた。
 ほぼ同時、R33はタービンの甲高い音を響かせながら獰猛なエグゾーストを響かせて――
 弾けた。
 すぐに現れる第1コーナーから一気に登りになる。
 この短い直線でどれだけ稼ぐか、コーナーの処理によって次の左へのアプローチが変わる。
 左コーナーはバンクが付いているので、ここまで全開で一気に登れるのだ。
 この先行後追い型バトルは、先行が全開できると言う意味では非常に有利に思われるかも知れない。
 しかし実際の場合、公道で閉鎖されたサーキットではない訳で、先頭はその先に何があるのか判らないというリスクを背負う。
 後追いは追い抜きを行う訳だが、公道を走る場合には或る程度以上離されてゴールされても負けとなるルールもある。
 長尾峠登りは最初の二つのコーナーを抜けるとすぐ道路が細くなり、追い抜きは非常に難しくなる。
 その後すぐ直線に近い全開区間が最初にでてくるため、ここでの直線勝負で抜くしかない。
 また、今回の場合はあやかの機嫌次第で良二は負けになる。
 つまり、ついてこれなかったとあやかが思った時点で負けだ。
 どう考えても。
 普通よりも――良二が不利だ。
 僅かにアクセルを踏み直しながら、第1コーナーを抜けた立ち上がりで既に姿勢が出来上がっているS2000を見て、思わずため息を付きそうになった。
 慣れている。
 第2コーナーまでの広い道路を利用したレコードラインをほぼ完璧になぞっている。
――無理やろこれ
 まだタイヤは軋んでいない。
 見事なグリップ走行だろう。
 立ち上がる時のブーストラグの一瞬だけ、S2000の方が速いが、全体の加速としてはR33の方が速い。
 しかし。
 ここから直線まではまだしも、それを越えて茶屋まで、茶屋から頂上までを考えて嫌になる。
――そっちはN/Aだし、コーナーはFRの方が有利やって
 良二のGT-Rはコーナーを小さく周り、直線的にコーナーを繋いでいく。
 結果としてパワーの有る重量級の場合、比較的コーナーが弱いのをパワーでねじ伏せることもできる。
 或る程度まではそれだけで走ることもできる。
 だが、直線が短くなれば成る程そのアドバンテージは低くなり。
「く」
 明らかに速く細かく回るS2000に、じりじりと離されていく。
 うねるシケインに進入した時には車1台以上の差がついていた。
「負けるかっ」
 めったやたらに全開出来ない、うねる路面でもGT-Rは違う。
 どこかのタイヤが接地していればなんとかなる。
 シケインをできる限り緩いアールを描いて、できる限りアクセルをあけたまま一気に差を詰める。

  がん

 右のミラーが、第2シケインの入口でガードレールにヒット。
――よし
 ベストの姿勢でシケイン出口に加速態勢を整える。
 ミラーぐらい我慢。パテとヤスリとスプレーで誤魔化せば済む話だ。
「ここで負けるかっっ」
 S2000は彼の目の前で助手席のドアを見せている。
 ドリフト状態に入っているのは確かだ。
 ここから直線、一カ所だけ狭く緩いが二台ぎりぎり並べる短い全開区間。
 実際には高速コーナーで構成されるため、厳密な直線ではない。
 そして出口は極端に狭く、急な登りの右コーナーで締めとなる。
――っ!
 だがベストな位置でアクセルを踏めなかった。
 加速態勢のまま、パーシャルで我慢しなければならなかった。
 S2000がそのままドリフトで彼の前をふさいでいるからだ。
「ちょー、せんぱーい、狭いんだから邪魔すんなやっ」
 インにつけようとすると、加速がもたつくが。
 迷っていられない。
 アクセルを軽く抜いて頭を入れて、開けようとするがS2000のリアがグリップを戻してセンターに割り込んでくる。
「っっ!」
 あやかが車内で嗤っているのが見えるようだった。
 この直線さえ押さえ込めば負けはない――多分そう考えているのだろう。
――あくまで狭いコーナー勝負ってことやね……えげつないわ
 サーキットでは有り得ないコーナーワークの連続するこの長尾峠、下りは軽自動車が尤も有利かもしれない。
――わーった、わかりましたよ先輩。やりゃいいんでしょやりゃあ
 出鼻をくじかれて加速が遅れて、S2000に追いつくのが精一杯(狭いし、邪魔だし、一応なりとも300馬力級の車なので)取りあえず先刻までのミス分は総て取り返した。
――絶対負けん!あのちっちゃい先輩なかしたるっ!
 コーナー入口でブレーキ前にちかっとハザードが光る。
 合わせてブレーキを入れる。
 と、彼女もブレーキ態勢に入る。
 きりきりと前のタイヤが軋み、R33の巨体がコーナーに沈み、一気に頭を回していく。
――次やっ!御茶屋前の広い場所で沈めちゃるっ!
 まだまだコースの三分の一も進んでいないのだ。
 負けず嫌いより諦めの悪さで、彼はさらにアクセルを踏み込んだ。


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